北陸大学同窓会 ロングインタビュー

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留学にゼミにボランティアも。
充実した大学生活が成長につながった
コマツ 粟津工場
板谷 明菜
コマツ 粟津工場
溝口 理音
留学にゼミにボランティアも。充実した大学生活が成長につながった
コマツ 粟津工場
板谷 明菜
コマツ 粟津工場
溝口 理音
コマツ 粟津工場 総務部 広報課
板谷 明菜
石川県白山市出身。私立金沢高校出身。2019年3月に北陸大学未来創造学部を卒業し、建設機械メーカー コマツ粟津工場へ。広報課として、建設機械生産ラインの工場見学案内などを手がけている。
コマツ 粟津工場 総務部 広報課
溝口 理音
石川県白山市出身。私立金沢高校出身。2019年3月に北陸大学未来創造学部を卒業し、コマツ粟津工場へ。板谷氏と同じ広報課に勤務。趣味は小学生から続けるバスケットボール。
お二人は高校の同級生で、その後、北陸大学未来創造学部で学び、現在は同じコマツ粟津工場広報課で机を並べています。2019年に卒業されてからの5年間を振り返ってみていかがでしたか。
溝口さん : コロナ禍でばたばたしていたこともあって、あっという間に過ぎた印象です。広報課に所属しており、粟津工場のPRに取り組んでいます。主な仕事の一つが、工場見学の案内です。建設業など、建設機械を使っていただくユーザーの方々にお越しいただき、生産の現場を見ていただいています。
北陸大学で学んだことが、現在の仕事のどんな場面で役立っていますか。
板谷さん : 海外からのお客様をご案内する際に、北陸大学で身につけた英語力・会話力が活きています。高校までは机に向っての勉強が多かったのですが、大学では実践的な学びが中心でした。海外留学や、金沢市が開く国際交流イベントにサポートスタッフとして携わったのも、積極的に会話できるようになるための貴重な経験でした。

溝口さん : コマツは海外のユーザー様も多く、コロナ禍が明けてからは北米などからの見学者も増えています。私も大学生のころに留学などを経験したことで、海外の方にも抵抗なく案内することができています。
大学生活の中で、自分自身で変わったなと感じる部分はどこですか。
板谷さん : 実は、人前で話すとか、初対面の人と輪を広げていくとか、あまり得意ではなかったんです。そんな私にとって、北陸大学の大きすぎず、小さすぎずの規模感がちょうど合っていたんだと思います。友達をつくりやすい環境で、人付き合いに悩むことはありませんでした。その分、いろいろなことにチャレンジする方向に体力を向けることができ、次第に初対面の人とのコミュニケーションも、身構えることなくできるようになりました。性格の変化が大きいですね。

溝口さん : 考え方が変わりました。バスケに明け暮れた体育会系だったからでしょうか、良くも悪くも「とりあえずやってみよう」というスタンスでずっと過ごしてきました。もちろん、行動力は大切です。一方で、ちょっと立ち止まって考えることの重要性も痛感しました。きっかけは大学の先生からのアドバイスです。「動きながらでもいいから考えろ」。この言葉を教訓に、自問自答を繰り返し、より良い案・より良い方法がないかを常に模索するようになりました。
お二人とも、大学時代に人間的にも成長する機会があったのですね。ところで、入学前に北陸大学のどんな学びに期待していましたか。
板谷さん : やはり「海外留学」です。入学前から留学制度が充実していることは知っていましたから、絶対に活用しようと考えていました。また、英語の教員免許取得も楽しみにしていました。

溝口さん : 私は2年前期にイギリス・ロンドンに留学しました。ただ、初めての海外で、飛行機の乗り方も知らずに臨みました。この時はまだ立ち止まって考えることができていなかったみたいです(笑)。英語力もまだまだ未熟で、生活した寮にも日本人は私だけ。忘れられない経験を積み、勉強にもなったのですが、つらかったことも多かったですね。

板谷さん : 私は2年後期にオーストラリア・ウーロンゴンに留学しました。海外旅行の経験はありましたが、長期滞在するのは初めて。「楽しもう」という気持ちはもちろん、同時に勉強もきちんとしようと考えていました。大学に付属する語学学校に通い、そこではレベルに応じてクラス分けがされていました。最終的には大学院を目指す様々な国からの留学生と同じクラスに入れるよう努力しました。また、同じ敷地内の大学には留学生が集まるサークルに参加していたので、プライベートでは、ホストファミリーだけでなく、サークルでできた海外の友達とビーチで泳いだりシドニー観光したりなど多くの時間を過ごしました。
お二人が英語の勉強に関心を持ったのはいつごろでしたか。
板谷さん : 中学2年生の時です。好きな海外アーティストができ、音楽を聴き始めたのがきっかけです。それに、中学・高校で出会った英語の先生が皆さん、尊敬できる方ばかりでした。そのような恵まれた環境だったので、英語をさらに深堀りし、将来的には英語の教師になりたいと思い、北陸大学に進学しました。

溝口さん : 私は高校3年生の時、何気なく道を歩いていたら英語ペラペラな女の人がいました。「あっ、日本人でもこんなにしゃべられるようになるんだ」。その光景に驚き、これだけ話せるとかっこいいなと思いました。加えて、英語の授業は好きだったのに、テストの点数はそこまででも・・・。「好きな科目が苦手」というのがもったいないと感じていたんです。それに、英語ができれば大好きな世界遺産を見に行く際にも役立ちます。そこで、英語教育に力を入れている北陸大学を選びました。
北陸大学で印象に残っている授業や課外活動を教えてください。
板谷さん : ゼミは思い出深いですね。言語学に関する分厚い本を読み解き、言語の機能やそれを実現するための仕組み探る研究でしたが、このような視点で英語を考えたことがなかったのでとても新鮮でした。ゼミの先生には勉強だけでなく、進路の相談にも乗っていただきました。私は英語教員を目指して北陸大学に入学しましたが、周りに流されやすい面もあって、教職課程に加え、エアライン講座を受けたり、フランス語の授業を受けに行ったりなど、いろいろなことに手を出して何もかもが中途半端になっていた時期がありました。その時、「試してみるのはいい。その中から自分の芯に引っかかるところがあれば、それを信じて進めばいい」と、先生が声をかけてくれました。以来、しっかりと芯を持って生きていくことを心がけています。

溝口さん : 印象のある授業もたくさんありましたが、課外活動でオープンキャンパススタッフを務めた経験も忘れられません。高校生に英語でプレゼンしたのですが、うまく話せなかった時は本当に悔しくて。次のオープンキャンパスに向けて、家でも練習を繰り返しました。また、キャリア教育の授業を受け持ってくれた先生が教えてくれた「置かれた場所で咲きなさい」の言葉も大切にしています。たとえ、自分が納得できない環境に置かれても、すぐに投げ出すのではなく、何か一つでも実績を残すことを心がけています。
お二人とも、留学やゼミ、課外活動など、大学時代のさまざまな経験を、いまコマツ粟津工場で発揮されています。今後、どのような目標を描いていますか。
溝口さん : この仕事に就き、苦い経験があります。私たちが学んできたのはアメリカ英語が中心で、以前、インドの方が来られた時、何と言っているのか3回も4回も聞き直したことがありました。英語とはいえ、国や地域によって発音・イントネーションは全然違います。これからの時代、第2、第3言語として英語を話す人と触れ合う機会が増えていきます。もっともっと経験を重ね、世界の人たちをスムーズに案内できるようになりたいですね。

板谷さん : 私は今、工場案内をとおして粟津工場の魅力や取組を発信する仕事がメインです。ただ、それだけにとどまらず、今後は通訳のような立場になり、世界とつながる様々な業務をサポートする役割を果たしていきたいと考えています。英語を生かし、次のステップへと踏み出していきたいです。
最後に大学生に向けてメッセージをお願いします。
溝口さん : 社会に出ると、学ぶ手段や学習に充てられる時間は確実に変わります。自ら学ぼうとしない限り学ぶ機会はありません。一日の大半を占めるのは仕事です。その点、大学では先生がいて、学ぶことだけに集中できる環境が整っています。時間は有限です。しっかりと自覚して勉強しておくといいですね。

板谷さん : 一方で、学生時代は、自分自身に使える時間が社会人よりもたくさんあります。大学の授業に集中するのはもちろん、ボランティアに参加したり、旅行に出かけたり、短い期間でも海外研修に行ったりするなど、外に目を向ける経験も積んでほしいと思います。視野を広げておくことは、自分は世界からどのように見られているのかを客観的に捉えるためにとても大切です。
(2024年3月5日取材)